前置き
皆さん、こんにちは!Playboxのスコットです。
第1部では、放送映像から試合データをどうやって取得するのか、分析の舞台裏をお見せしました。楽しんでいただけたでしょうか?
今回の第2部では、いよいよそのデータを使って、具体的な分析をしていきます。テーマは「ボール保持者の分析」です。最近よく聞くようになったxG(ゴール期待値)や、プレーの質を数値化するVAEPといった指標を使って、選手やチームのパフォーマンスを分かりやすく評価する方法をご紹介します。
今回は、筑波大蹴球部の現役アナリストであり、コンピュータビジョン研究も兼任する中村さんに執筆してもらいました。現場と理論を繋ぐ彼の視点は必読ですよ(!?)
全3回シリーズでお届けしている「サッカー分析の舞台裏」、引き続きお楽しみください!
- サッカー分析の舞台裏:第1部 放送映像から試合データを取得する方法
- サッカー分析の舞台裏:第2部 ボール保持者の分析(xG, VAEP)
- サッカー分析の舞台裏:第3部 ボール非保持状態の攻撃パターンを分析する(OBSO)
はじめに
サッカーの戦術分析には、第1部で紹介されている通り、選手1人1人の位置情報が記録されたトラッキングデータに加えて、オンザボール(ボール保持状態)でどのようなプレーが起きたかの情報が記録されたイベントデータがよく用いられます。
しかし、イベントデータ中の1つのアクションだけを見ると「ただ起こった事象」に過ぎず、その価値や難易度はわかりません。そこに指標を導入したり、前後のアクションと組み合わせて評価することではじめて「このプレーは本当にすごかったのか」「どれだけ価値があったのか」といった振り返りが可能になります。
たとえば、以下の映像をご覧ください。 トロサール選手がドリブルからクロスを上げ、マルチネッリ選手が頭で合わせてゴールを決めたシーンです。
このプレーについて、皆さんならどんな評価をしますか? 「それ決める?!」または「いや決めて当たり前だよね」はたまた「今のはクロスを上げた時点でゴールみたいなもんだよ」と感じるかもしれません。
実際の難易度や価値はどうだったのでしょうか。これらの感想は主観的で、人によってバラバラになってしまいます。
そこで今回ご紹介するのは、放送映像から各アクションにおける選手の位置やアクションの種類を取得し、「xG(Expected Goals)」・「VAEP(Valuing Actions by Estimating Probabilities)」という指標を使って、シュートの難易度やシュートまでに関わったアクションの質を定量的に評価する手法です!この2つの指標は、ゴールに関わるシュートイベントを客観的に数値化できることはもちろん、パスやドリブルなどで関与した選手の貢献度評価にも活用できるのが大きな特徴です。
xGとは?
xGとは?
xG(Expected Goals:ゴール期待値)は、あるシュートが得点に結びつく確率を0~1の範囲で数値化した指標です。 xGが0(0%)は得点することが不可能なシュート、1(100%)は必ず得点するシュートとなり、例えばxGが0.10のシュートは成功確率が10%、つまり10本に1本は得点することができる難易度のシュートであったと評価できます。
サッカーは得点が入りにくいスポーツですが、xGを用いることで1つ1つのシュート場面の質を数値化することができます。
xGの算出方法
さて、このxGですがどのように計算されるのでしょうか。 従来は以下のようなシンプルな要素のみで計算されていました。
- シュートの位置
- シュートの種類
- シュートした選手の状態
実際に、筑波大学蹴球部でxGを求めるときには、
- PA周辺をグリッドに分けてエリアごと
- シュートがダイレクトなのか逆足なのかなどのシチュエーションごと
それぞれに重みを設定しておき、それらを掛け合わすことで手動でシュートごとのxGを計算していました。例を挙げると、ゴールエリア中央は×0.8、利き足のダイレクトシュートなら×0.8と設定しておくと、そのシュートのxGは0.64となります。
しかし、実際のサッカーのシュート場面は上にあげたような要素だけで場合分けできるほど単純ではありません。 そこで現在のxGの計算はAIモデルを用いた方法が主流になっています。様々な手法が提案されていますが、以下のようなデータが計算に用いられているものの一部です。
- シュートの距離
- ゴールまでの角度
- シュートの種類
- シュート前のイベントの種類
- ディフェンダー・キーパーの位置
- 選手のスピード
AIを用いることで、これらの複数の要素に基づいて以前に記録されたシュートデータと比較することができ、詳細なxGの計算が可能になっています。
xGを用いた分析の例
ここからはxGを用いた分析の例を紹介していきます!
シーンごとの分析
まずは実際に学習させたxGを計算するAIモデルを使って、数シーンのxGの値を見てみましょう。
1. AFCアジア最終予選 日本対オーストラリア 三笘選手のシュート
こちらの三笘選手のシュートのxGは「0.032」となりました。つまり、このシュートを決められた確率は3.2%でかなり難しいシュートであったことがわかります。ゴールからの角度もあり、距離もそこまで近くないためこのような数値になっています。
2. AFCアジア最終予選 日本対中国 三笘選手の得点
こちらの三笘選手のシュートのxGは「0.135」、つまり13.5%の確率で得点できるというこちらも難しめのシュートでしたが、それをしっかりと決め切った三笘選手の決定力が高かったと評価できます。ヘディングでのシュートかつゴールへの角度が小さかったものの、ゴールへの距離が先ほどのシュートよりもかなり近くなっていることからxGも上がっていると言えます。
今回はゴールへの距離・角度、シュート部位などの簡単なもの特徴量として学習させたAIモデルを使用しましたが、先に述べた通りキーパーの位置やシュート前のイベントなども特徴量として学習させたAIモデルを使えば、より厳密にxGを算出することが可能になります!
試合ごとの分析
次に、xGを用いた試合ごとの分析の例です。
こちらは先日行われたラ・リーガ第35節バルセロナvsレアル・マドリードのスタッツです。 (FOTMOBから引用)
試合は4-3でバルセロナの勝利となりましたが、この試合のxGを見てみましょう。 バルセロナのxGは4.26、対するレアル・マドリードのxGは2.74となっています。実際のスコアにほぼ順当に反映されていますが、バルセロナはxGが実際の得点より上回っているため決めるべきところを決め切れた、シュートの決定力があればもう1点取れたと振り返れます。一方、レアル・マドリードはxGが実際の得点より低いことから、比較的難しいシュートをものにする決定力の高さが示されます。
また、以下の図は2024シーズンのある試合での筑波大学のxGをヒートマップで可視化した例になります。 (Beproのイベントデータを使用)
ゴールライン中央付近で最も得点機会が多く、ゴールエリア左手前、ペナルティアーク付近でも効果的なチャンスを作れたことが読み取れます。このように可視化することで自チームの攻撃面を振り返ることはもちろん、対戦相手の弱点の分析にも役立てられます。 xGのデータに加えて、シュートに至ったラストパスの種類・エリアを組み合わせることで、データに基づいたシュート練習の提案などもできると考えています。
xGは比較的シンプルな指標ですがその分直感的に理解しやすく、
- 1つのシュート
- 1試合すべてのシュート
- 1シーズン通したチームのシュート
- 選手個人ごとのシュート
などの分析に利用できる汎用性の高さとゴールに直結するという重要性からとても良い指標だと個人的には思っています!
VAEPとは?
ここまでは「シュートごと」に評価をするxGの紹介をしてきました。続いてはシュートだけでない「アクションごと」に評価をすることのできるVAEPについて紹介していきます!
VAEPとは?
VAEP(Valuing Actions by Estimating Probabilities:確率推定による行動評価)はベルギーのKU Leuven(ルーヴェン・カトリック大学)のDTAI Sports Analytics Labに所属するTom Decroosさんらによって開発されました。 VAEPは、シュートに至るまでに関わったすべてのオンザボールのアクション(パス・ドリブル・タックルなど)に対し、そのプレーがチームのゴール期待値をどれだけ変化させたかを定量的に表したものです。
先ほど紹介したxGを使うことで、シュートを打った選手がどれくらい得点する可能性があったのかを算出し評価することができました。しかし、実際にシュートに至るシーンは試合の中でそこまで多くないことに加え、シュートを打った選手以外のプレーは考慮されないため、限定的な評価しかできません。 一方、VAEPを用いることで、シュートだけではなくその前のパスやドリブルなどのアクションの価値も数値化することができるので、より多くの選手のチームへの貢献度を評価することが可能になります!
VAEPの算出方法
VAEPは「あるプレー前後でチームの状態価値がどれだけ変わったか」を数値化します。 次のような手順で計算されます。
- アクション前の状態価値を求める
- アクション後の状態価値を求める
- VAEP = (アクション後の状態価値) - (アクション前の状態価値)
ここでの状態価値は、(得点期待値) - (失点期待値)として求めます。
例えば、クロスを上げる前の状態価値は0.10、クロスが上がった後の状態価値が0.25となった場合、このクロスのVAEPは+0.15となり自チームに対して0.15ゴール分の効果のあるプレーだったと評価できます。 一方、パスを出す前の状態価値は0.10、パスを出した後の状態価値が0.05となった場合、このパスのVAEPは-0.05となり、相手チームにとって0.05ゴール分有利なプレーとなってしまったと評価されます。
上で説明した通り、VAEPの計算には得点期待値と失点期待値を求めることが必要になります。 これらを算出するために使うのが得点モデルと失点モデルという2種類の機械学習モデルです。
これらのモデルは、対象となるアクションとその1つ前・2つ前の合計3つのアクションをまとめて1つの入力データ(状態)とし、それらの
- アクションの種類(パス・ドリブル・シュートなど)
- ボール・選手の位置情報
- アクション間の時間差や移動距離
- ゴールまでの距離・角度
などの大量の特徴量を入力とします。そして「kプレー以内に得点(または失点)したなら1、しなかったら0」と各状態をラベル付けして学習させていきます。
このように学習されたモデルを使うことで、各アクションの前後で「この状況だと得点確率は何%か」「失点確率は何%か」を計算してくれます。
VAEPを用いた分析の例
2つのシーンでVAEPを計算していきます! それぞれのシュート前の6アクションのみを対象としています。
1. AFCアジア最終予選 日本対オーストラリア 三笘選手のシュート
先ほどxGを計算したシーンに対してVAEPも計算してみます! 以下の図が分析結果になります。offensive_value・defensive_valueがそれぞれ得点・失点への影響を表しています。このシーンでは三笘選手のシュートは枠外にいったためVAEPは低くなっている一方、シュート前のドリブルはVAEPが高いため効果的な侵入であったと評価できます。また、このシーンで一番VAEPが高かった守田選手のロングフィードに注目しましょう。ゴールに直結するアクションではありませんでしたが、大きく相手ゴールに近づけた効果的なアクションであったと数値化することができています。
2. プレミアリーグ第36節リヴァプール対アーセナル マルチネッリ選手の得点
こちらは冒頭で紹介したシーンです!皆さんはどういう評価をしましたか? 以下の分析結果を見てみましょう。このシーンでマルチネッリ選手はヘディングでゴールを決めたことでVAEPがかなり高くなっています。VAEPは得点期待値をもとに計算されるため、ゴールに直結するアクションをした得点者のVAEPは高い値になる傾向があります。ここでもやはり注目したいのがアシストとなったトロサール選手のクロスです。他のアクションと比較してもVAEPの値が高くなっており、決定的なパスを出せたことが数値に表れています!
この2シーンの分析結果から分かるように、VAEPを用いることで、シュートを打った選手だけでなくシュートに至るまでに関わった選手すべてのアクションの効果を数値化することができます! 1試合すべてのVAEPを計算することでどの選手がより効果的なプレーができていたのかを比較したり、アクションごとにVAEPは算出されるので、いつ・どのエリアで効果的な攻撃ができていたのかを振り返ったりすることも可能になります!
おわりに
放送映像の活用は、公式データが手に入らない環境でも高度な戦術分析を行うための新たな扉を開いてくれます。また、xGやVAEPのような指標でプレーの価値を数値で可視化できると「どの選手が決定的な仕事をできるのか?」「この選手結果は出てないけど良い選手なんだよな」というようなデータに基づいた選手評価が可能になり、分析はもちろん選手獲得などにも活かすことができます!
今後の展開として、AIを用いた自動トラッキングやストリーミング映像解析技術が進めば、リアルタイムでxGやVAEPスコアを表示することも夢ではありません。また、プロチームだけでなくアマチュアチームも映像を用いて戦術分析を深められる可能性が広がります。
当社では、放送映像解析を使ったxG・VAEP分析のシステム・ノウハウを今後もアップデートしつつ、サッカーチームやメディアへの導入支援を進めていきたいと考えています。興味をお持ちの方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
株式会社Playboxのホームページ 👉️ https://www.play-box.ai/
自動撮影・編集ができる手頃なAIスポーツカメラ「playbox」 👉️ https://www.play-box.ai/lp
お問い合わせ
Playboxへのご質問やご相談、ビジネスの提案など、お気軽に以下のメールアドレスまでご連絡ください。