前置き
皆さん、こんにちは!Playboxのスコットです。
これまでの第1部・第2部では、「データの取得」と「ボール保持者の分析」を紹介してきました。今回は視点をガラッと変えて、「ボールを持っていないとき=オフザボールの動き」にフォーカスします。
サッカーの試合中に選手がボールを触っている時間は、1人あたり平均3分
クライフさんが言ってたらしいこの数字ですが、単純計算しても90分の試合を22人で割ると1人約4分、インプレー時間(約60分)だと3分未満といった具合で、いずれにしてもごく短い時間しかボールを触っていません。つまり、試合のほとんどは「ボールを持っていない状態」で行動しているんです。
このボールを持っていない時にいかに動くかで、攻撃の質は劇的に変わります。そこで今回は、ボール非保持時の攻撃の可能性を分析する手法、OBSO(Off-Ball Scoring Opportunities)について解説します。
執筆してくれたのは名古屋大学の後輩である梅基さん。StatsBomb Conferenceで日本人として初めて発表を行った国内トップクラスのデータ分析研究者です。
サッカー分析の最前線を伝えるシリーズのラストです!
- サッカー分析の舞台裏:第1部 放送映像から試合データを取得する方法
- サッカー分析の舞台裏:第2部 ボール保持者の分析(xG, VAEP)
- サッカー分析の舞台裏:第3部 ボール非保持状態の攻撃パターンを分析する(OBSO)
はじめに
サッカーの戦術分析はスタジアムの専用システムで収集されたトラッキングデータを用いる方法が一般的です。しかし、実際には自由に使える公式データが限られていたり、コスト的にハードルが高かったりするケースも多いですよね。そこで注目したいのが放送映像を活用したデータ抽出です。また、サッカー選手の分析において、オンザボール(ボール保持状態)の選手以上にオフザボール(ボール非保持状態)の選手の評価も重要です。例えば、以下のシーンを御覧ください。
サッカーファンなら記憶に新しいゴールシーンかもですね。もちろんゴールを決めた11番のモハメド・サラー選手も素晴らしいですが、今回注目していただきたいのは彼以外のオフザボールの攻撃選手です。サラー選手がボール保持状態であるとき、反対サイドにいる7番のルイス・ディアス選手やゴール真正面にいる10番のアレクシス・マクアリステル選手などが次の時点でもしボールを受けてシュートしていたとしたら、そのときのゴールの可能性はどれくらいだったでしょうか。
実際、0:09でサラー選手がシュートを打ったとき、両選手の方がよりゴール側にスペースがあってシュートが決まりやすそうに見えます。そのため、パスしたほうが良かったのでは?と考える方もいると思われます。このように、ボールを持っていない攻撃選手の価値まで考慮できると、今後のプレーの改善やファン目線のエンターテインメント性の向上にも期待できそうですよね。
そこで今回ご紹介するのは、放送映像からピッチ座標を推定して選手やボールの位置を取得したうえで、「OBSO(Off-Ball Scoring Opportunities)」という指標を用いてチームの攻撃パターンの可視化とボールを持っていない攻撃選手の評価を行う手法です!
その仕組みをざっくり解説します。
OBSOとは?
イングランドの強豪FCリバプールの現チーフデータサイエンティストであるWilliam Spearmanさんによって開発されました。特徴的なのは、ある時点の次のイベントでオンザボールの攻撃選手だけでなく、オフザボールの攻撃選手が得点する機会も確率モデルで表現している点です。そのため、フィールド上にいる全攻撃選手において攻撃チャンスを数値化できる指標になっています。
OBSO(Off-Ball Scoring Opportunities)とは、 ある瞬間のフィールド上にいる全ての攻撃選手が、次のプレーでゴールを決める確率を定量的に表したものです。
OBSOは次の3つの要素を掛け合わせて計算します:
- 得点確率(ゴール期待値):ピッチ上の各位置からのゴール成功率
- 占有率(選手がその場所でボールを受けられる確率)
- 遷移率(ボールが実際にその場所に届く確率)
この指標を用いることにより、プレイヤー同士の位置関係やディフェンス、スペースの有無から「パスを出した場合の成功確率」や「得点の可能性」を統合的に評価することができるようになります。
例えばOBSOの計算結果をヒートマップや選手ごとの推移グラフや表に落とし込むと、以下のような分析が可能になります。
パスの選択肢比較: ボールを受けた瞬間、複数のパス先の中で最も得点期待値が高かったのはどこか?
ドリブルによるスペース創出: ボールホルダーがドリブルして相手DFをひきつけることで味方のOBSOがどう変化したか?
シュート判断の評価: シュート時点の自分のOBSOと味方のOBSOを比較し、より高い期待値の選択肢があったかどうかを振り返る。
このように、オンザボールの選手が「パス」・「ドリブル」・「シュート」などを選択するとき、どのオプションによってオフザボールの誰がどれだけの得点期待値を生むかを数値化できるため、定量的な評価が可能になります。さらに、先の単純な3つの確率の乗算で表されるため、人間の解釈がしやすいという特徴もあり今後の分析にも大いに役立てられることが期待されます。
OBSOを用いた分析の例
ご紹介した2つの手法を用いて、実際の放送映像からOBSOの評価までの流れの例をお見せします。ちょうど日本代表がFIFA World Cup 2026の本戦出場が決まりましたし、本記事ではそのAFCアジア最終予選の中の4つのシーンについてOBSOを用いて分析を行いました。では、早速見ていきましょう!!
AFCアジア最終予選 日本対オーストラリア 日本のゴール
このシーンは中村選手の個人技からオウンゴールを誘い、貴重な勝ち点1を手に入れたシーンになります。このシーンでは、
- 中村選手のラストパスまでのドリブルは効果的であったか
- 中村選手のラストパスまでの他の選手の動きは良かったか
を見ていきます
まず、中村選手のラストパスまでのドリブルは効果的であったかを見るために、中村選手のドリブル中のOBSOの値の変化を見てみましょう!
図1 中村選手のドリブル開始後からラストパスまでの中村選手自身のOBSOの変化。
図1を見ると、2回目のチャレンジで突破した後はOBSOの値は急激に増えていることが見られます。説明したとおり、OBSOは次の時点である場所の得点期待値を表します、そのため、最初のチャレンジから次のチャレンジまではサイドの深いところ、つまりゴールから遠いエリアでのイベントでしたので、得点期待値はあまり変化しませんでした。しかし、2回目のチャレンジでの突破後にそのままドリブルをしたことで自らの得点期待値を高めていたと考えられます。さらに、突破後ボールを置く場所をコントロールしてゴールへ向かったドリブルも、OBSOの値の段階的かつ急激な上昇に寄与したことがわかります。このように、OBSOの観点からも中村選手のドリブルは効果的だったことがわかりました。
また、中村選手のドリブルは他の選手が攻撃参加するための「タメ」を作る動きとみなすことができます。ではこの「タメ」の間に他の選手はスペースを活用できていたのでしょうか?ここでは、他の選手として中村選手がパスした瞬間にペナルティエリアに侵入していた上田選手・鎌田選手・田中選手に注目してみます。
図2 中村選手のドリブル開始後からラストパスまでの上田選手・中村選手・鎌田選手・田中選手のOBSOの変化。
ここで、9番は上田選手、13番は中村選手、15番は鎌田選手、17番は田中選手を表します。3人共OBSOの値が高くなっており、中村選手のドリブルによる「タメ」は効果的であったことが伺えます!以下、それぞれの選手について詳しく見ていきます。
まず上田選手について、中村選手の2回目の突破のイベント前後までOBSOの値は他3選手に比べて高くなっています。9番という役割もあり絶えずゴールの真正面にいたため、そもそもの得点可能性が高かったことが考えられます。また、中村選手の突破後の上田選手のOBSOの値は一旦小さくなってまた上昇しています。この部分を見ると、上田選手はオーストラリアのディフェンダーの背後を取るような動きをしていました。この動きによって、自分の得点期待値を高めることに成功しており効果的なオフボールの動きができていたことがわかります。
次に鎌田選手について、OBSOの値は基本的に上昇を続けていますが、特に中村選手がパスを出す直前の上昇によって最終的に他の選手より高い値を取ったことが見られます。中村選手の突破の前の時点からフリーの状態になっており、ずっとゴール方向に動いていたことがOBSOの値の上昇の原因だと考えられます。また、パスの直前鎌田選手は急に方向転換してよりゴールに向かう動きをしていたことが直前のOBSOの値の急激な上昇に関連すると伺えます。そのため、中村選手はパスを出す先を上田選手にしたと思われますが、鎌田選手に出したほうが得点期待値が高かったことがわかります。
最後に田中選手について、OBSOの値は基本的には鎌田選手と似たような推移をしており、中村選手の2回目の突破の直後やパスの直前に急激に上昇しています。この部分を実際の映像で見てみると、中村選手の2回目の突破の直前に田中選手は方向転換して相手ディフェンダー背後のスペースに移動していました。その後、田中選手を見ていたと思われる相手ディフェンダーはゴール前のカバーリングに向かって田中選手とゴールの間にスペースが生まれたことが原因と考えられます。そのため、最後は上田選手よりもOBSOの値より高い値を取っており、パスの受け手の選択肢の一つにもなっていたことがわかります。
AFCアジア最終予選 日本対オーストラリア 三笘選手のシュート
このシーンは守田選手のロングパスを南野選手がさばいて落とした後、三笘選手がボールを受けてからドリブルし自らシュートまで持ち込んだシーンです。このシーンでは
- 三笘選手はボールを受けた直後のドリブルの判断は良かったのか
- 三笘選手のドリブルから切り返しまでの「タメ」は効果的であったか
- 最後のシュートの判断は良かったか
を見ていきます。
まず、三笘選手はボールを受けた直後の判断について、このときのOBSOの値を三笘選手とそれ以外の選手のものを比較してみましょう。
表1 三笘選手がボールを受けた時点の三笘選手と他の選手のOBSOの値。
選手 (背番号) | OBSOの値 |
三笘選手 (7) | 0.02664 |
南野選手 (8) | 0.02477 |
上田選手 (9) | 0.04781 |
久保選手 (20) | 0.01817 |
図3 三笘選手がボールを受けた時点のOBSOのヒートマップ。
表1より三笘選手より上田選手のほうがOBSOの値が高くなっています。実際、図3より上田選手の前にはスペースがあり、OBSOのヒートマップも三笘選手の前よりも色濃く表示されています。そのため、パスをダイレクトで出すのも一つの選択肢だったと言えます。しかし、表1より上田選手以外の選手のOBSOの値は三笘選手より低い値を取っています。そのため、三笘選手がドリブル開始したのはその他選手の得点期待値を高めたかったからの可能性も考えられます。
次に、このドリブルして切り返しまでの「タメ」の動きが効果的であったかを見ていきます。
表2 三笘選手が切り返しをした時点の三笘選手と他の選手のOBSOの値。
選手 (背番号) | OBSOの値 |
三笘選手 (7) | 0.04319 |
南野選手 (8) | 0.04538 |
上田選手 (9) | 0.08042 |
久保選手 (20) | 0.05574 |
図4 三笘選手が切り返しをした時点のOBSOのヒートマップ。
表2より三笘選手以外の全選手のOBSOの値が表1のときより高くなっています。そのため、三笘選手の「タメ」の動きは効果的であったと言えます。特に、久保選手のOBSOの値は三笘選手がボールを受けたときに比べて倍以上の値を取っています。オーストラリアの19番がゴール方向に下がっていたこともあり、図3でも図4でも久保選手の前には常にスペースがありゴールに近づくとともに得点する可能性も上がったのでOBSOの値も高くなったと考えられます。
最後に、三笘選手のシュートの選択が良かったかを見ていきましょう。
表3 三笘選手がシュートをした時点の三笘選手と他の選手のOBSOの値。
選手 (背番号) | OBSOの値 |
三笘選手 (7) | 0.05434 |
南野選手 (8) | 0.04518 |
上田選手 (9) | 0.08122 |
久保選手 (20) | 0.05597 |
図5 三笘選手がシュートをした時点のOBSOのヒートマップ。
表2と表3を比較すると、三笘選手のOBSOは高くなりましたがそれ以外の選手の値はあまり変化しませんでした。三笘選手については、切り返したことによってゴール前方に動いたことにより値が高くなったと考えられます。しかし、シュートの時点では上田選手や久保選手のほうがOBSOの値は高いことが見られます。実際上田選手と久保選手の前にはある程度スペースがあることが図5からも示されています。そのため、もしパスを出すことができていれば上田選手に出すのが最善策であったことがわかります。
AFCアジア最終予選 日本対中国 三笘選手のゴール
このシーンは久保選手が相手を引き付けて堂安選手にパス、その堂安選手からのクロスに三笘選手が合わせてゴールしたシーンになります。このシーンでは、
- 久保選手の「タメ」は効果的であったか
- 堂安選手のクロスの質はどうであったか
を見ていきます
まず、久保選手のタメは効果的であったかを見てみましょう。
表4 久保選手がボールを受けた時点と堂安選手にパスした時点のOBSOの値の比較。
選手 (背番号) | 久保選手がボールを受けたときのOBSOの値 | 久保選手がパスをしたときのOBSOの値 |
守田選手 (5) | 0.02848 | 0.04196 |
三笘選手 (7) | 0.0004084 | 0.001054 |
南野選手 (8) | 0.02626 | 0.03477 |
上田選手 (9) | 0.02335 | 0.04476 |
堂安選手 (10) | 0.03321 | 0.03944 |
久保選手 (20) | 0.03328 | 0.02974 |
図6 久保選手がボールを受けてから堂安選手にパスするまでのOBSOのヒートマップの推移。
表4より、1対1をしていた久保選手以外の選手のOBSOの値は上がっていることが見られます。つまり、久保選手の「タメ」によって他の選手の得点期待値が上がっているので、この行動は効果的であったことが確認されました。実際、この行動の間に守田選手や三笘選手、上田選手がペナルティエリアに侵入しており得点が取れる選手が増えたことからも重要であったことが伺えます。また、堂安選手はゴールから遠ざかっているように見えるにも関わらず、OBSOの値が上がっています。これは、実況でも「2人引きつける久保」とおっしゃったように、久保選手の行動によって堂安選手がフリーになりボールを受けたらシュートまでできるような状態にあったからと考えられます。
次に、堂安選手が三笘選手に上げたクロスの質について見ていきましょう
表5 堂安選手がクロスを上げた時点のOBSOの値。
選手 (背番号) | OBSOの値 |
守田選手 (5) | 0.05406 |
三笘選手 (7) | 0.001865 |
南野選手 (8) | 0.03865 |
上田選手 (9) | 0.02820 |
堂安選手 (10) | 0.04058 |
図7 堂安選手がクロスを上げた時点のOBSOのヒートマップ。
表5より、三笘選手のOBSOの値は他の選手に比べて低いことが見られます。OBSOは得点率と占有率に加えて遷移率も含まれます。そのため、対角にいる三笘選手へ次の時点でボールが渡る、つまりクロスを上げるのが難しいと計算されたことが理由の一つであると考えられます。ゆえに、これを通した堂安選手のクロスの質は高かったと示唆されました。
おわりに
放送映像の活用は、公式データが手に入らない環境でも高度な戦術分析を行うための新たな扉を開いてくれます。また、OBSOのような指標で「なぜこの瞬間にパスを出さなかったのか?」「あのシーンでドリブルを選んだ理由は?」といったプレーの意図を数値で可視化できると、ファン視点でも分析者視点でもより深い理解が得られます。
今回ご紹介した2つの手法を用いることで、専用システムを導入しなくても既存の放送映像を活用でき、手動トラッキングと組み合わせることで公式トラッキングデータに近い粒度での分析が可能になります。さらに、バスケやラグビーなどのコート・フィールドを識別しやすいスポーツへも応用できるため、集団スポーツの競技力向上にも寄与します。
今後の展開として、AIを用いた自動トラッキングやストリーミング映像解析技術が進めば、リアルタイムでOBSOスコアを表示することも夢ではありません。また、プロチームだけでなくアマチュアチームも映像を用いて戦術分析を深められる可能性が広がります。
当社では、放送映像解析を使ったOBSO分析のシステム・ノウハウを今後もアップデートしつつ、サッカーチームやメディアへの導入支援を進めていきたいと考えています。興味をお持ちの方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
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